帰仏2011/05/10 13:43:44

今朝早く、あの人を成田まで見送りに・・・
名残はつきないけれど、
時間は誰の上にも平等に流れている・・・

ありがとう、
この2週間、日本にあなたがいると思うだけで、
心晴れやかに、過ごすことができました。

神戸から2011/05/02 16:12:12

19時10分、携帯電話が鳴った。
あの人からだった・・・

日本でも使えると思っていた自分の携帯端末が、圏外表示となり結局使えなくて、公衆電話から。

いろいろな話・・・・・

5日の夜には、仙台に入る予定。
着いたら、すぐに電話をするって。

5日は、午後3時から、姫の演奏会の日です。
本当は、あなたにも、聞いてもらいたかったけれど、誘うのを止めました。

そう、やっぱり、複雑だから・・・・

でもわたしは、すごく揺れています。
自分が、どうすべきか、わからない・・・・

風に・・・2011/05/01 23:16:52

27日の早朝、あの人は成田に降り立った。
それからの3日は、あっという間に過ぎ去った。
N彦さん夫妻と関西に向かったあの人が、東北仙台を訪れてから
フランスへ帰国する前日に東京へ戻ってくる、その日のことばかりを、私はただただ、苦しさのなかで待っている。

あの人といっしょに過ごした空間が、東京にもこんなに増えてしまった。これからは、その場所に立つたびに、その場所を訪れるたびに、あの人を思い出す時間が増えていくにちがいなくて、そんな場所のあることが嬉しくて、でもそれ以上に、苦しくて・・・・

息がつまるほど・・・苦しい。

どうしてわたしは、あなたが日本にいる間中ずっと、あなたといっしょに居られる環境を作らないのだろう。きっとあなたはそう思っているし、N彦さん夫妻だって、そう思っている。

昨年の夏、わたしがニースを発つ日、
「ぼくが日本に行っても、君は困らない?」と聞かれ、私は、
「・・・それは、ちょっと複雑」と答えた。

あなたが私を大切にしてくれるよりも、それ以上にわたしの心のほうが、あなたに依存して生きているのに、この22年という歳月が、心の欲するままに生きることが許されない環境を、形づくってしまったのです。

その証が、姫と少年なのです。

昨夜、あの人が姫と少年にと選んでくれた夏のTシャツを、それぞれが着てみました。

二人に、とってもよく似合って、わたしが日頃選んでいるものよりもはるかによく似合って、一度も会ったことのない姫と少年たちなのに、服のサイズも、申し分なくて。

どうして・・・あなたは、こんなふうなのでしょう。
ひとことも、わたしを、責めることもしないで・・・

震災後の日本へ2011/04/25 12:32:17

今週、予定どおり、あの人が日本にやってきます。
2週間ほどの滞在中、わたしは4日間ほどの時をいっしょに・・・

そのほかの日々は、関西そして東北仙台へ。
仙台滞在が最も、長くなる予定。

今日、東京から仙台まで、新幹線で再度結ばれたとのニュース。
人の力というのは、本当にすごいものだと思います。

もうひとつ。
わたしは、今の会社にいて、本当によかったと思っている今日このごろ。
震災後の、会社の姿勢は、誇らしかった・・・

よかった・・・こうした場所が、わたしの仕事場であって・・・

4月1日2011/04/01 14:43:59

今日は、仙台のN彦さん夫妻が、新潟に出発される日だ。そこから日本海沿いに、郷里の関西地方を目指されるということ。

東京でよければ、わが家の1室を使っていただこうとお話をしたが、ガスはあと5日後くらいかかると聞いているけれど、なんとか物流が少し廻るようになり、電気は復旧したとのこと。4月1日には仙台をいったん出る、というお返事だった。

それまでの間、あの人が予定どおり来日するという件で、いろいろ相談をした。仙台訪問をはずした計画をN彦さんがいったん立てられたが、話し合った結果、仙台滞在も計画している。

ただ、常に福島原発の成り行き次第、という現況下、仙台行きを断念した場合の万が一の予備策として、東京滞在の準備もするつもり。

そして、あの人の来日中止を決定すべき時がいつかも、心の隅にとどめておかなければならない。

あの人の気持ちはできるだけ尊重したいものの、「あまりにも来日が危険だと判断される時には、躊躇なく旅行中止を随時告げなければと思います。その判断は、われわれとの意見をつき合わせて、最終決定したいと思います」とのN彦さんのメール。

わたしは、内心、中止を告げなければならないような、そんな予感に支配されている。

バイオリンのM先生が嘆いていた。
5月に予定していたコンサート企画に出演予定だったフランスの某音楽団体が、キャンセルをしてきたと。

音楽家なら、こういう時にこそ、来るべきなのだと、いつもは穏やかなM先生が、声を大きくして憤る。

「わたしは、ホールが使えなかったら、外でもやります。そこの神社の境内だって出来るのだから」

自身もフランス人であるM先生は、日本から退避してしまったフランス人の同胞たちにも手厳しい。
「こういうことがあると、その人の本来の心音がわかる」とも。

先生の話によると、お知り合いの外国人音楽家は、その多くが日本に留まることを選んだという。

「あたりまえでしょ。もちろんですよ」

ありがとう。M先生。
わたしは身近な存在としては、もっともあなたを尊敬していますが、わたしの思いは、打ち砕かれることなく、いっそう強くなりました。

5月のオーケストラ演奏会に向けて、うちの姫も頑張ります。
今、一生懸命、練習をしています。